呼吸が出来なくて意識を失うという事...まぁ死を意識しますわな、普通は。目を覚まさせてくれたのは「大丈夫ですか?」という見知らぬ人の声。しかしすでに全身が一切動かせない状態だったので何も反応する事ができませんでした。ハタから見れば完全に意識不明の状態です。
 何の根拠も無いのだけれどその時自分では ”くも膜下出血” だと勝手に思い込んでいて「くも膜下出血だ、助けて!」とか言おうとしたのですが全身麻痺していてしゃべる事すら出来なかったのです。

 その方が救急車を呼んでくれているのはわかりました。耳は聞こえていたのです。”救急車がくれば助かる。わざわざ車から降りて道に倒れといてよかった!” と思いました。と同時に気が緩んだのでしょう、再び気が遠くなってきて...
 次に目が覚めたのは救急車が到着して気道を確保された時(この辺は想像です)。
 病院に搬送されたあたりからはなんとなく覚えている。

 目覚める前の事です。 
 意識はあるものの身体がピクリとも動きません。ハタから見れば完全に意識不明の状態の時。 
 不思議な事に自分自身では死ぬなんてまるで思っていません。その内身体も動き出すさ!ぐらいにしか思っていなかったのです。 

 結婚して遠く離れた地に住む妹の姿が見えた時も「妹がわざわざ来てるという事は結構重症なのかな?」と思う反面で「どうせ見舞いに来るならもう少し回復してから...せめて話が出来るくらいになってからにしろよ。」なんてことを思っていました。 
 周囲の心配をよそにいたってのんびりした事を考えていたのであります。←怒られそうだな... 
 自分に限って死ぬわけが無い。完全に勘違いしておりました。 

 しかし場合によっては勘違いが物凄いパワーを持つ時だってあるのです。大いなる勘違いはまれに現実を引き寄せてしまう事だってあるのです。みんなで勘違いしましょう...違うって! 
ただ...あの時勘違いしておいてよかったな!とは思います。 

 後に聞いた話ですが「頭の中の疾患は頭の中で考える事に左右される事が多いので悲観的になると良く無い。」という事らしいのであながち間違いでは無いように思います。
 
 このように意識自体はずっとあったし看護師に聞いた話でも早い段階で目覚めてはいたらしいのですが、夢と現実を行ったり来たりしているみたいでなんだかよくわからない状態がしばらく続いていました。

 病棟では毎朝看護師が「今日は何月何日ですか?」とか「ここはどこですか?」とか質問して回るのだが始めてハッキリ答えられたのは3月9日でした。何故かこの日にちはハッキリ覚えています(合ってる保証はどこにも無いのだけれど)。

 ここら辺の事は記録があまり残っておらず(看護計画書が数枚残ってはいたが)記憶もいい加減なのでどこまで本当だか分からないのだけれど、自分の記憶の中の真実を元に書いているので間違いではない.........と良いなぁと思う。

 でもはっきり言える事が一つだけあります。
 あのまま車の中で休んでいたら...
発見されなかった時の事を考えると恐ろしくなります。発見していただくためにも ”倒れる時は目立つように!” 冗談でもなんでもなく真剣に思いました。