さて、話題はリハビリにもどる。
 以前の病院で 「一生寝たきりです。」と宣言された話を以前も書いた気がするのだが、その辺の事をこちらの病院でも主治医に質問してみた。
 答えは「自分次第です。頭の中の病気は頭で考える事に大きく左右されます。希望を捨てたらそれまでです。」と言われた。
 とにかく信じてみる事にした。
 どうなるかは分からない。が、信じてみるより他になかった。
 結果、入院してすぐ尿管は取れ看護師の介助付きという条件はあったものの病室のトイレを使用する事が許された。”一生寝たきり”だと思っていたのでどえらい事を成し遂げた気になっていた。
 しかし人間いい気になるとロクな事がない。それからほどなくしてベッドから車椅子への移乗をしくじり転倒する事になる。しかも、介助役の看護師を下敷きにして...
 その時(今もだが)私は一人暮らし、退院後は社会復帰も予定していた(独り暮らしの身としてはそれ以外選択肢が無かったのだ)。
 車椅子への移乗で転倒するようではとても一人暮らしはさせられない。と言う訳で、当初2ヶ月の予定とされていた入院期間 は大幅に伸びたのであった。
 
 その後リハビリは順調に進み4月29日には一本杖を利用してわずか5メートルではあったが歩く事に成功していた。
 思えば当初の私は全身が麻痺して意識はあるものの自分で呼吸する事もできない状態であった。
 最初に入院した病院では「右半身不随、一生寝たきり。」と診断され「リハビリ病棟でも右手のリハビリをするのではなく右手の代わりに左手を使う、いわゆる利き手交換に力を入れなさい。」といわれていた。
 歩くなんてなかば諦めかけていた。それが転院して一ヶ月もたたないうちにわずかながら歩くことができたのだ。
 理学療法士の先生(これが若い、可愛い、怖い、の三拍子揃った素敵な女性だった)に
 「どうですか?初めて歩いた感想は。」と聞かれた時 
 「ありがとう。」と言ったきり何も言えなっくなってしまった。 
 ひとことでも発したら号泣しそうで...泣くのをこらえていたのだな。恥ずかしいぞ!オイ! 
  リハビリはまだまだ進む。
 5月21日には初の外出許可がおりた。もちろん付き添い付きである。杖歩行で外出なんてのはまだまだ危険なので付き添いに車椅子を押してもらっての外出である。
 久しぶりの街にえらく緊張。あんなに大勢の普通に歩く人を見たのは久しぶりだ。
 車椅子目線で見る市街地はなんか怖かった。
 日頃バリアフリーの病院で暮らしていてすっかり忘れていたが、外に出ると段差はあるし坂はある。
 ちょっとした坂があってもちょっとした段差があっても何もできなくなる。
 たかが2時間の外出ではあったがえらく疲れた。
 病院を一歩出ると一人じゃ何もできないこと。
 こんなんじゃ退院できたとしても独り暮らしなんてできないであろうこと。
 いろんなことを思い知らされた。
 そんな状態でも社会復帰しようとしていたのだから図々しい。
 オマケに趣味のギターを再び弾けるようになりたいって...
 単なる勘違い野郎である。

 しかし時に「大いなる勘違いは大いなる現実を引き寄せてしまうこと」がある。
 当時のぼくには勘違いしたまま突き進む以外に道は無かったのである。