今日はリハビリの話だ。
 リハビリ病棟では食事の前に嚥下体操というのをやっていた。食物をスムーズに飲み込めるようになる、と言うヤツである。
 体操自体の内容はほとんど覚えてないのだが印象的な出来事が一つ。
 体操を真面目にやっている人はほとんどいなかった。看護師や介護職員、患者の付き添いの人たちは真面目にやっているのだが患者で真面目にこなしている人はいなかった。
 もちろん自分もその一人である。
 体操の最後には全員で「パタカ・パタカ」と連呼するのだがそれまで雑談していた方もこれだけは真面目にこなしていた。かなり大きな声で一生懸命に発音していてかなり印象的であった、と当時の日記には書かれていた。
 
 現在の職場では朝礼の時体操をするのだが、両手を挙げて後ろにのけぞる動きが右半身に麻痺が残り平衡感覚も狂っている自分にはどうしてもできない。
 そんな事にストレスを感じていた時なぜだか不意に嚥下体操の事を思い出してしまった。そしてあの時の考えは間違っていたのかも知れないと思うようになった。
 体操をやっていなかったのではなくて、体が動かせなかったため出来なかったのだ...大変に申し訳ない気持ちになった。こんな簡単な事なぜ解らなかったのだろう?

 その頃にはリハビリの甲斐あって5月中旬にはトイレに行く時介助を必要としなくなった。
 ただし介助は必要としないが介護職員による見守りは必要。相変わらずトイレの際にはナースコールを押さなければならなかった。
 病棟のトイレでは便座を上げる事が禁止されていた。
 なんでも便座が上がっているのに気がつかずそのまま腰を下ろして便器にはまってしまい立てなくなりナースコールをする患者が後を絶たなかったらしい。
 想像してみてほしい。便座を下ろしたままの状態で立って用を足すとどうなるか...便座はいつも汚れていたから介助や見守りの職員がその都度掃除をしてくれていた。
 申し訳ない気持ちが半分、汚くねーか?という気持ちが半分、状況的にしょうがないだろうなという気持ちがほんの少し...一刻も早く立って用を足せるようになりたいと願っていた。

 そんなある日立って用を足す許可がもらえるチャンスがやってきた。
 リハビリ病棟では月に一度教授による審査がありそれを通過しないと次のステップに進めない事になっているのだが「次の審査を受けてみませんか?」と理学療法士がおっしゃったのだ。
 日頃は怖いばかりの先生ではあったがこの時ばかりは華奢で可愛らしい女性に見えた...わたしはなんて調子がいいのだろう。

 無事審査は終わり立って用を足す許可をいただいた。まぁ、考えてみればそれだけなのだけれどここまだ結構時間がかかっただけに妙に嬉しくて得意気だったのを覚えている。

 2〜3日後の事である。
 理学療法士の監督のもと立ち座りの練習に励んでいた。これが結構きつく確実に足腰が鍛えられていってる実感がある。
 脳出血で平衡感覚に自信のないわたしはふらついても踏ん張れる脚力をつけることが最重要課題とされていた。
 それにしても100回3セットって鬼じゃね?(ほとんどスクワットだぜ)。とか思いながら黙々とこなしていた。もしかしたら不甲斐ないわたしが人生で一番真面目だったのはこの時期だったかもしれない。
 いつもとなんら変わりなく運動をこなしていたら不意にバランスを崩して椅子の上に尻餅をつくような格好で座り込んでしまった。
 「立ってトイレをするのはまだ止めときましょうね〜。」理学療法士の情け容赦ない声...
 油断していた。調子に乗っていた。三歩進んで二歩下がる〜。また元通りかよ!いろんなことを思ったが全ては後の祭りだ...
 相手は若い、可愛い、怖い、の三拍子が揃ったあの彼女だったのである。