試験外泊も無事終わり退院の日も決まった...後は入院中いかに充実したリハビリを行うか、である。
 理学療法は機械を使った脚力のトレーニングに加えて体幹を鍛えるための腹筋などにも力を入れていた。
 ただしこれらは機械は使わず先生とのマンツーマントレーニングが主となった。なぜマンツーマンかというと「機械を使うと一箇所を集中して鍛えることになるので体幹を鍛える目的にはそぐわない。先生の指示でひねりを加えたり背筋を織り交ぜながら全体をバランス良く鍛えることが理想的。」だからである。 
 理学療法はマシンによる
脚力トレーニング、マンツーマンの体幹トレーニングを行い自主トレではひたすら歩いた。
 
作業療法は日常作業に加えてパソコンでの
文字入力の訓練や仕事復帰後のことを考え本のページや伝票をめくるトレーニングを淡々とこなした。
 日常作業の一環として実際に
カレーライスを作ったりもした...味はどうだったかなんて事は覚えてないけれど。覚えてないという事は可もなく不可もない無難な仕上がりだったのだろう。もちろん作業療法士の監督のもとで調理した。

 以前支所長が「いきなり仕事なんかできないのはわかってるから少しづつ慣れていけばいい。ただ
8時間勤務できるだけの体力だけはつけておけ。」と仰ってたのでとにかく朝食を済ませてから夕食までの時間は絶対ベッドで横にならないようにした。で、自主トレではとにかく歩いた。細かい作業は職場復帰後仕事をしながら慣れていこうと思っていた。

 トイレはすでに
見守りなしで立ってする事が許されていた。あとは入浴であるがこれはまだ一人でという訳にはいかなかった。脱衣所で衣服を脱いで体を洗って浴槽に入るまでの間と、浴槽から出て体を拭いて着衣するまでの間は見守りを必要とした。

 ここで入院期間に関して面白い話を聞いた。
 ここの病院では
病気によって最長で何ヶ月入院できるかというのが決まっておりそれを過ぎてもリハビリが必要だと医師が判断した場合は他の病院に転院するのだという。
 私の場合(脳幹出血)最長期間は
6ヶ月であるらしく、予定通り9月3日に退院できればほぼ5ヶ月の入院期間という事になる。
 だからかどうか「万一入浴の許可が下りなくてもあと一ヶ月あるからあせる事はないよ、のんびりやろうよ。」なんて声をかけてくれる看護師さんもいた。
 
わたしはそれも良いかな?なんて思っていた。
 多くの患者さんは1日も早く家に帰りたいと願うものらしいがわたしの場合は違った。うちに帰れば一人なのだ。わたしには家族というものがないのだ。
 
 入院していればなんかあれば
ナースコールを押せば看護師さんが来てくれる。一定時間ごとに見回りにも来てくれる。その安心感は絶大である。対して独りである事の不安感の大きい事...何かあってもどうしようもない。道に倒れたっきり全身がピクリともしなくなってしかも意識だけははっきりしていたときの恐怖。孤独死という言葉が日本一似合う男...それはわたし
 人一倍ビビりのわたしはそんな事を考えると帰りたくない、とか思うようになった。5ヶ月近くも入院しているとスタッフ達とも打ち解けてくる。事実入院生活は
めちゃくちゃ楽しかった。ここのリハビリが厳しいと聞きそんなキツイところには来たくない!とか思ってたのが嘘のようである。一生寝たきり宣言されたのも嘘のように元気になった。
 マジで当時の事を思い出して
めっちゃブルーになって来た...いかん泣きそうだ...あれから11年以上たってるのにこのリアルな思い出し方はなんだ?11年もたってるから自分の中で思い切り美化されてるってのはあるだろうけど。

 そんな感傷に浸ってる暇などないくらいときの流れは早い...あっという間にその日はやってきた。

 果たして冷静にスタッフ達に
別れを告げる事ができたのか?本当に思い残す事はなかったのか?何より体重は落ちたのか?