そして三人が残った
勘違いして、突き進んだ結果2016年には新しい曲が出来てレコーディングも済ませてしまった。
勘違いしてみるモノではあるな。勘違いしてなければ出来てなかったと思う。
あれから1年以上経って改めて聴き直すと…結構情けない、とっても恥ずかしいぞ…メンバーに聴かせるためのデモ音源の域を出ていない。
しかし当時の自分の状態を正直に記録したものであるから大切にしていこうと思う。
いつか、バンドで演奏してみたいモノだ。

2007年...そして仕事復帰へ
さて話を当時に戻す。 
相変わらずの生活ではあったが少しずつ甘いモノを食べるようになっていた。
非常に健康的な食生活をしてはいた。夜は配食サービスを利用していたから何の問題もなかったし朝昼はきちんと自炊していた。昼はたまに外食もしたけれど…
で、週末はヘルパーがやって来て週末分の食事を作り置きしておいてくれた。
それだけなら言う事無いのだが、すぐ近所にコンビニがあったためどうしても間食の量が増えていった。誘惑には弱いのだ。
当然、体重も徐々に増えていったわけだが、社会復帰以降の大幅なリバウンドと比べると可愛いモノではあった。

身体障害者手帳が交付されるといろいろな助成が受けられる。医療費の助成、税金の減免、各種料金の割引・減免、生活用品の貸与、などが主なところである。
ずいぶん利用させて貰っている。大変お世話になっている。と、同時に申し訳ないと思う。
普段はそんなこと考えもしないのだけれど、こうやってブログとか書いてると突然客観的になって自分のことを "なんだコイツ社会のお荷物じゃん" なんて思ってしまう時がたまーにある。まぁ次の瞬間に開き直ってしまうのだけれども。まあいいか使えるもの使ってしまおう...ってね。
話が
それてしまった...
いろいろと
柄にもない事を考えているうちに職場復帰の時期が迫ってきた。
2007年2月15日。これが最終的に決定した復帰の日である。
仕事に関してはやってみないとわからなかったがその他のことについては多少の不自由はあるもののかなりの事が出来るようになっていた。この頃になると一人暮らしに対する不安・何かあった時の恐怖、といったものはだいぶ解消されていたように思う。

しかし職場復帰に関してはかなり不安だった。しかし「2月15日来れないようならその時点でもうウチと君とは関係なくなるから。」とか総務の方に言われてしまった(フツー言うか?)ので、もはや行くとか行かないだとか言ってられない状況にまで追い込まれていた...
で、「不安を振り払うため」と言う大義名分をつけて結構遊んだ記憶がある。

そうこうするウチにバレンタインデーがやって来た。私が倒れた日である。という事は明日は仕事復帰だ。すごく大切な日である。
今後の人生を左右するかもしれない大切な日の前日、わたしはあろう事か隣の県にいた。
何をしていたかというと遊び狂っていた。何をして遊んでいたかというとここで書けようはずもないそう言う事なのだ........